シナリオ006『イマカライク』

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トリニティムーンフリー脚本006

『イマカライク』

20151221

高辻カンナ

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語り手……女子大生

 


 

「『使用フリー脚本006 イマカライク』」

 

ちょっと間。

 

「あたしが深夜、携帯でチャットを楽しんでいた時です。そのチャットルームに突然、変な人が入って来ました。その人は挨拶の一言もなく、いきなり」

 

「『ツライ』」

 

「と書き込んだのでした」

 

「ハンドルネームは「タカシ」と名乗っています。あたしは「荒らし」の人か、こう言っては偏見かも知れませんが「メンヘラ」の人かなあ、と思いました。そのタカシさんはそれからも、会話の流れを遮って、『ツライ』とか、『イタイ』とか、『クルシイ』とか、書き込むのでした」

 

「みんなはもちろん、無視しています。「荒らし」にも、これも偏見かも知れませんが「メンヘラ」にも関わらないのが一番だったからです。しかし、『イタイ』、『イタイ』、『クルシイ』、『ツライ』、『ツライ』と書き込みが続くと、鬱陶しくもありますが、一方で興味も沸いてきます」

 

「チャットルーム主が強制退出させないということは、話かけても別に構わないということです。そこであたしは、話かけてみました。「何がそんなにツライの?」。返信がありません。あれ? 退出したのかなあ、と思っていると、やっと返ってきました」

 

「『ヒトリデツライ』」

 

「あたしは恋人と別れたばかりでしたので、何となくタカシさんの気持ちが分かります。深夜までチャットしていたのは、それで寂しかったからなのです」

 

「あたしは、「一人はツライよねえ」と書き込みました。するとやはりしばらくしてから、返信があります」

 

「『オレノキモチワカルカ』」

 

「あたしは返信を書き込みました。「分かるよ。あたしも今、一人だもん」また書き込みが止まりました」

 

「しかし、だいぶ経ってから、タカシさんはこう書き込んだのです」

 

「『オレノヨメニシテヤル』」

 

「あはははは、と私は笑ってしまいました。「俺の嫁」なんて、まさしく、おたくが言いそうな言葉です。あたしは返信します。「いいよー。お嫁さんにしてしてー」。また書き込みが止まりました」

 

「しかし、まただいぶ経ってから書き込まれた言葉に、あたしは、ぞくりとしてしまいました」

 

「『イマカライク』」

 

「あたしは、これはチャットの常識なので当然なのですが、個人情報は書き込んでいません。本名はもちろん、電話番号も住所も通っている大学名さえも、書き込んではいません。誕生日だって誰も知らないはずなのです。それなのに、あたしはぞくり、としたのでした。あたしは、「これで寝るわ。おやすみなさい」とみんなに挨拶する と、チャットルームを退出しました」

 

「あたしは歯を磨き、顔を洗い、ベッドに入りました。しかし、眠れません。本当にタカシさんが、やって来たらどうしよう? 「大丈夫、大丈夫」。あたしは呟きます。だって、あたしの住所など、誰も知る訳がないのですから」

 

「その時です。ドンドンドンドン。 激しくドアを叩く音がしました。こんな時間に誰だろう? あたしは、そっと足音を忍ばせてドアに近づき、ドアスコープから外を覗きます。「あれ?」。そこには誰もいなかったのでした」

 

「友達じゃない。友達だったら、こんな時間に来るはずもないし、姿を隠すようないたずらもしないはずです。たとえ来るなら、電話の一本もあるはずです。タカシさん? 本当にタカシさんが来たのかもしれない。もし本当にタカシさんだとしたら、気味が悪いことです。どうして住所がばれてしまったのでしょう?」

 

「ドンドンドンドン。音は大きくも小さくもならず、先程と同じように鳴り響きます。あたしは、また来た時と同じように、こっそりとベッドに戻りました。あたしは耳を塞ぎました。ドンドンドンドン。返事をしたら、居留守がばれてしまいます。「帰って」。「お願いだから帰って」。あたしは目を瞑り、声が出ないようにして、じっと耐えます」

 

「そうして、何度、叩かれた後でしょうか。ドアを叩く音は無くなりました。あたしは、ほっとしました。タカシさんと思われる人は、帰った様に思われたからです」

 

「その時です。コンコンコンコン。今度は、窓を叩く音がするのです。ああ! この部屋は、アパートの二階なのに! コンコンコンコン。その時、やっと私にもわかったのでした。タカシさんは、生きた人間ではなかったのです」

 

「あたしは、ベッドの中で震えていました」

 

「『イマカライク』」

 

「まさしくその言葉通りに、タカシさんはやって来たのです。ああ、冗談でも「お嫁さんにして」何て書き込むべきではなかったのです」

 

「そうして、また何度、窓を叩かれた後でしょうか。あたしは、今度こそ、ほっとしました。もう外は、いつの間にか明るくなっていたからです。小鳥の鳴き声が聞こえます。あたしはベッドを抜け出すと、手早く着替え、カバンに携帯と、とりあえずの衣服を突っ込みました。また夜になったら、タカシさん、その幽霊が、現れるように思われたからです」

 

「逃げなきゃ。あたしは実家に逃げ込むつもりでした。実家にさえたどり着けば、どうにかなる。そう思いました。あたしはカバンを持って、ドアを開けました」

 

「すると。外はまだ、真っ暗だったのです。そして、そこには」

 

「血まみれの男が立っていたのでした」

 

おわり

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